第九章 想いの深さ
通された1ルームの部屋は、綺麗に片付いていて、家具もとてもシンプルなものばかりで統馬らしいと、真佐海はそんな印象を受けた。
統馬に勧められるまま腰掛けたベッドは統馬の体に小さいような気がし、おまけに折りたたみ式の簡易ベッドだった。
「狭い部屋でごめん」
コーヒーを手に戻ってきた統馬は、真佐海の隣に腰掛ける。
ベッドが軋む鈍い音がしたが、統馬は平然としていた。
「一人暮らしには十分じゃない?この辺りの環境を覗けば。俺なんて、あの家は一人で暮
らすのに大きすぎる」
「オレ、小さい頃からマンションだったから、真佐海さんの家みたいな一軒家とか、ずっ
と憧れてたんだ」
真佐海はそれに二、三回相槌を打つと、二人の間に沈黙が流れた。
だが、それは決して居心地の悪い沈黙ではなく、安心できるような空気だった。
「旅行、行きたいなら行ってきて。けど・・・・・・本当に、もうオレの所から逃げたり
しない?真佐海さんが別れたいと思ったらそう言ってくれていい。だから黙って離れて
いくな」
その空気に任せるように統馬は穏やかに尋ね、語尾は一見命令のように聞こえるが、不安で弱弱しい懇願のようなものだった。
統馬も不安だったのだと気づき、真佐海は何度も頷く。
そして、真佐海が自分と一緒に暮らして欲しいと言おうと、口を開きかけた瞬間、突然統馬が立ち上がり、箪笥の上から小さな小箱を抱えて戻ってきた。
「これ、今日友達が届けてくれる予定だったんだ。もし嫌でなければ着けてくれるかな。
オレのものだっていう自覚を少し持って」
差し出されたのはペアのネックレスだった。
長方形のプレートに、一つは右側に赤、もう一つは左側に青の縦線が入り、両方とも真ん中にそれぞれの色で横線が入っている。
そして縦線とは反対側に来るように、小さな十字架がネックレスに通され、その真下には、小さなダイヤがはめ込まれていた。
「これ・・・・・・」
二つ、少し離なれた位置に固定されてるが、そのプレート同士を揃えると、十字架になるように作られていた。
「配達してくれた友達が、オーダーメイドでこういうの作っている店でバイトしてるんだ。
それで、作ってもらった。二つあわせれば文字が繋がるとか、ありきたりのアクセは嫌
だったんだ。実はオレ意外と独占欲強いから」
真佐海は青いラインの入った方を手に取り、統馬の首へそれを着けた。
同時に、自分には赤いラインの入った方を着ける。
首に下げたネックレス自体は軽いものだけれども、真佐海には、とても重く、意味のあるものに感じた。
「ありがとう」
もう細かい事にいちいち悩むのはやめようと、真佐海は思った。
男同士であろうと、年が五つ離れていようと。そんな事は最初から解かっていた筈なのだから。
そして同居の件も、もし断わられてもきちんとした理由があるのなら、それはそれで受け止めようと、決めていた。
「一つ、我侭を言ってもいい?」
統馬が頷くのを確認して、真佐海は深く、息を吐いた。
いつまでも悩んでいるわけにはいかない。
「俺の家に来ない?」
「――え?」
統馬は驚きで耳を疑った。
どういう意味なのか理解できなかったという事もあるが、真佐海の言っている事の意図がつかめなかったのだ。
これから家に来てくれという誘いなのか、『我侭』と言った事から、暮らすという意味なのか。
「えっと・・・・・・・ここ、環境悪いし、俺の家の方が大学にも近いし・・・・・・」
真佐海は統馬の返答を待つ間、言い訳のようなものを口走っていた。
声が所々裏返ったり、口篭ったりしている。
そんな必死な様子を見て、統馬は顔を綻ばせた。
「一緒に暮らすっていう意味にとっていいんですか?」
あからさまに嬉しそうな顔をしている統馬に、真佐海は真っ赤になって頷く。
俯いたまま、統馬の返答を待った。
あれだけ断わられても平然とする覚悟をしてきた筈なのに、さっきの晴々とした気持ちが嘘のように沈んでいる。
否、沈んでいるというよりは怖くて仕方が無い。
「・・・・・・いいよ。真佐海さんがそうしたいなら。真佐海さんの家の方が居心地いい
し。っていうか、俺もそうしたい」
断わられるとばかり思っていた真佐海は、まさか承知してくれるとは思ってもおらず、目を見開いた。
「・・・・・・本当?」
再度尋ねた真佐海の返答に、統馬はキス一つで答えた。