第九章 想いの深さ
真佐海の喫茶店は住宅地にあるが、統馬のアパートは駅付近の騒々しい路地裏にある。
距離も短く、大体の場所は知っているものの、真佐海は今まで一度も統馬のアパートを訪れた事がない。
今までは店もあり、行く機会もなかったのは事実だが、統馬が真佐海の店へ来る事に慣れ、訪れるなど考えてもいなかった。
その為、道を一本間違えたり、アパートを通り過ぎたりしてしまい、いかに自分が統馬の事を知らなすぎるかを思い知った。
やっと統馬のアパートに着いたのは、指定された九時を十分も過ぎた頃だった。
統馬の暮らしているアパートは、お世辞にも綺麗とは言えず、その上昼でも夜でも騒々しいと容易に想像できる場所にあった。
真佐海はふと、自分の家で暮らせばいいのに、と思った。
こんな環境の悪いところで暮らすより、大学からもほど遠くない自分の家の方がよっぽどいい。
後で統馬に話そう、と階段を上りながら考えているうちに、真佐海はやっとそれが本心である事に気づいた。
統馬を傍に感じながらも満たされなかった想い。
それは今まで恋人と一緒に暮らしていた真佐海にとって、当たり前とまでは言わないが、当然の事だった。
何より、周助とは兄弟だったのだから。
四六時中、眠る時も起きる時も傍にいて欲しい。
それだけでよかったのだ。
そうやって、一人で悩み、答えを探さなくても一言、統馬に言ってみればいいだけだったのだ。
本当の自分をさらけ出して嫌われる事を怖がっていては何も始まらない。
周助の時には、恋愛はいいものなんかじゃないと思った。
けれど、恋愛もいい事だと教えてくれ、また恋ができるようになったのは統馬のおかげだ。
どんなに貪欲で、独占欲の強い真佐海でも、統馬は受け入れてくれるだろう。
長い間探していた答えがやっと見つかった瞬間、真佐海は何を恐れていたのか、解からなくなってしまった。
すっと肩の荷が下りたような、そんな感じだった。
そして真佐海は、久々に晴々とした気持ちで、統馬の部屋の呼び鈴を鳴らした。