第八章 嘘と決意
「今日は随分機嫌がいいですね」
「特に理由はないけど、久しぶりに千鶴が来たから少し興奮してるかも」
真佐海は照れたように苦笑いを零し、閉店の看板をドアに下げると自宅へ上がった。
それに続いて統馬も上に上がると、リビングのテーブルには二人分の夕食が置いてあった。
「今日はここで?」
まだ湯気を立てているシチューや暖かいパンはおそらくつい先ほど出来上がったものだろう。
「たまに使わないと、このテーブルの意味がないだろ?」
ここ数ヶ月、ほぼ毎日のように二人で朝食、夕食を取っていたが、二階で食べた事は数えるほどしかない。
統馬は何度か今日周助に聞いた事を確かめようと思ったが、明後日、真佐海は実家に帰ると言っていた。
何も今言う必要はないだろうと、統馬は目の前の料理にあり付いた。
だが、ふと、料理の味と真佐海の態度に疑問を感じた。
「どうしたの?美味しくなかった?」
いつものように会話をしない統馬に、真佐海は心配そうに声をかけた。
「美味しいよ。ちょっとぼんやりしてた。今日バイトが忙しくて・・・・・・たぶん疲れ
たんだ」
「そうみたいだね。なんか疲れてる感じがする」
そう言って、真佐海は苦笑いを零した統馬の膝に軽く腰掛けた。
「今日は・・・・・・アパートに戻る?」
「本当は戻って着替えたいけど、いいや。ここに置いてる服着る」
最近、統馬は真佐海の家に殆ど住んでいる状態になっている。
もちろん、今日のような日のために、着替えも何着か置いていて、ここには統馬の物も増え始めている。
「明後日、実家まで送っていこうか?」
「駅でいいよ。駅に親父の車が迎えに来るんだ」
そっと胸に顔を埋めてくる真佐海は安心しきっているように見える。
たぶん、今はそうかもしれない。
だが突然、この表情から不安気な表情へ変わるのだ。
けれど、今日のように自分から甘えてくるのも珍しい。
「そういえば、このシチュー、本当に真佐海さん作った?」
「あ、やっぱり解かった?千鶴が作ったんだ。俺が手伝いながらだけど」
真佐海の店で働きたいという千鶴に、真佐海は採用試験代わりにシチューを作らせた。
味覚や調理方法は一応解かっているらしいが、どうにも見ている真佐海はその手つきが危なっかしく、見ていられなかったのだが、なんとか出来上がったシチューは客の評判もよく、あっという間に残りは二人分になってしまった。
千鶴がシチューを作っていたため、自分達の夕飯の支度が出来なかった真佐海は、統馬に悪いと思いつつも、残ったシチューを夕飯代わりにしてしまった。
「やっぱり真佐海さんが作った方が美味しい・・・・・・」
そんな文句を言いつつも、あっという間に平らげてしまった統馬は、皿を退けると、欠伸を噛み締めた。
「今日のバイトはきつかったの?」
そんな統馬に、真佐海は小さく笑いながら尋ねる。
「それもそうだけど、今日はバイトの帰りに高校の時の友達と久しぶりに会って、少し話
してきただけなんだけど・・・・・・なんでかな」
統馬はとっさに嘘をついた。
つい先ほど、まだ周助に会った事を黙っていると決めた統馬にはそうする方がいいと思った。
「先に寝ててもいいよ。後片付けは俺がやるし、明日朝早いって言ってたでしょ?」
「じゃあそうする。お先に」