第八章 嘘と決意
なんとか渋滞を逃れ、統馬は自分のアパートに車を置くと真佐海の店へ向かった。
外はもう暗くなり、路地裏のここは人通りが殆どない。
おそらく、店にも真佐海一人だろうと思っていたが、その勘は外れ、綺麗な女性が真佐海と楽しげに雑誌か何かを見入っていた。
「お帰り、統馬」
真佐海が微笑んで言う。
ただいま、と小さく返すが、統馬はその女性が気になっていた。
結構人見知りする真佐海は、何度か通う客意外とは自分からあまり会話をしない。
その真佐海が、こんなに無邪気に笑いながら話していたのだから、統馬は不思議で仕方がなかった。
「あなたが、統馬君?」
指定席に座った統馬の隣に腰掛けてきたのは、真佐海が楽しそうに会話をしていた女性だった。
「私、上条千鶴。真佐海と中学の頃からの知り合いなの。いわゆる幼馴染。よろしくね」
簡単な自己紹介をして微笑んだ千鶴は、大抵の男なら魅了されてしまうだろう。
「五十嵐統馬です。よろしく」
しかし、統馬に千鶴の魅力は通じなかったようだ。
やはり微かな嫉妬をしていたからだろう。
それに比例し、統馬の声は硬いものだった。
「統馬、ちょっとこっち来て」
イスに座っていた統馬の腕を引っ張り、真佐海は強引に二階の自宅部分へと繋がる階段の踊り場に連れて行く。
「千鶴がもう少しで結婚するんだ。今まで勤めていた会社を辞めたけど、週二,三回この
店で働きたいんだって。俺は雇うつもりだけど、いいよね?」
「・・・・・・なんでオレに聞くんですか?ここは真佐海さんの店だろ」
戸惑ったように見上げている真佐海に問いただすと、小さな声で答えた。
「なんか・・・・・・怒ってるから」
「千鶴さんに嫉妬してただけです。あんまり仲よさそうに話してたから」
深くため息をつき、軽くキスをして、もう機嫌が悪くない事を伝えると、真佐海は安心したように微笑んだ。
ドアを開けると、千鶴が何か言いたそうな表情で真佐海たちを見つめていた。
「お話は終わったの?」
疚しい事がある真佐海は顔を真っ赤に染め、千鶴に背を向けた。
「ねぇ、真佐海・・・・・・・」
千鶴が真佐海に声をかけた直後、バックの中の携帯が鳴った。
手早く操作をしてメールを読むと、千鶴は席を立った。
「ごめん、真佐海。もう帰るね。今度は彼も連れてくるから」
紅茶代をカウンターに置くと、千鶴は慌てて店を飛び出した。
「・・・・・・随分忙しい女だな」
そう統馬が呟くと、そうだね、と真佐海は小さく笑った。