第五章  安らげる場所

湯を張ったバスタブに、そっと体を沈めていく。

いつもより少し温めのそれが、火照った体には気持ちいい。

自分の胸元を見ると、数箇所の赤い色の痣があった。

その痣を見る事で自分は一人ではないと実感できて安心した。


昔から、真佐海はやたらに人に執着した。

きっかけは、早くにを亡くしたからかもしれない。

母を亡くした事は、真佐海自身、あまり覚えていない。

母と何かを一緒にした記憶もあまりない。

それでも、母親という、存在して当たり前の人が居ない事が、真佐海を不安にさせる原因を作っていた。


「体、大丈夫?」

ノックと共に入ってきた統馬は、真佐海の体を心底心配しているようだった。

「大丈夫。少し腰が痛いくらいだから。統馬も入る?」

「あ、うん」

そんな事を真佐海の口から言われると思っていなかった統馬は、多少動揺しながらも湯船に体を沈めた。

「この風呂、随分でかい・・・・・・」

普通の家庭よりは大きいバスタブは、大の男が二人入っても、多少のゆとりを残すだけ広かった。

「ここは、オーナーが自宅として使ってたんだけど、なぜか家具類みんな大きめなんだよね」

真佐海の体を後ろから抱きしめるように腕を絡める。

真佐海もなんの躊躇いもなく統馬に体を預けた。

「・・・・・・なんか、いい香りがする」

真佐海の肩、続けて薄い白色に濁った湯を手に取って、統馬は香りを嗅いだ。

「芳香剤入れたんだ。薔薇、だったかな」

「花、好きなんですか?」

「うん。花の香りが好きなんだ。だから、店にも飾ってる だろ?」

 

そういえばと、統馬は記憶を探る。統馬が記憶を探っても、店には三日以上同じ花を飾る事はなかった。

「花は気分が落ち着くから好きなんだ。俺、感情の起伏激 しいからさ、機嫌悪くなったりすると、夜中でもよく 一人で花の芳香剤入れて風呂に入ってたんだ」

「もしかして、今も機嫌悪かった?」

真佐海は小さく首を横に振った。

「悪くないよ。今日は体がべたついてたから。それだけ」

統馬の胸に体を預けている真佐海は、ゆっくりと目を閉じた。

寄り掛かられても、同じ男とは思えないほどの細い体に、統馬はその細い体を壊して真佐海の心の内にある不安の要素を、取り出してしまいたい衝動に駆られた。

だが、情けないことにそれよりも先にまた欲情してしまった。

「ねえ真佐海さん、もう一回いい?」

抱きついていた統馬の手が、首筋から下に下がり、触れるか触れないかという微妙な手つきで真佐海の胸元を撫でていた。

頬を赤く染めて、真佐海は俯く。密着した肌から伝わる統馬の熱が、真佐海を興奮させた。

「こっち向いて」

統馬に体の向きを変えるように施され、言われる通りにするとすぐに唇が重ねられた。

「んっ・・・・・・・っ・・・・・・」

タイル張りのバスルームは微かな声でもよく響く。

それが二人を煽り、真佐海の思考を停止させた。

「真佐海さん・・・・・・」

耳元で囁かれる声にも感じて、真佐海は肌を粟立たせる。

「っ・・・・・・あっ・・・・・・」

貪るようにキスをしたまま、真佐海は突然下肢を握られて、ビクッと体を振るわせた。

そして、あろう事か湯の中でお互いの性器を擦り合うという行為を始めた統馬を驚いたように見上げる。

当然、まだ挿入されると思っていた真佐海は、自慰に近い行為で統馬が満足なのか、急に不安になった。

「真佐海さんも、キツイだろうからこれでいいよ」

それに気づいた統馬が尋ね真佐海を労う。

しかし、真佐海は首を横に振り、快楽に振るえ、不安を消し去るように統馬の首筋に腕を巻きつけて抱きついた。

「んっ・・・・・・あっ・・・・・・あぁっ!」

声が響くのも構わず、真佐海は声を上げた。

羞恥心などもう真佐海は感じておらず、ただ目の前の快楽に溺れるだけだった。

「好きです」

イく寸前にかけられた言葉に、真佐海は同じように返答できなかった。