第五章 安らげる場所
「お昼ならカレーが出来てるけどそれでいい?」
「飯はいいからここに座ってくれ」
周助が指した席はいつも座っているカウンターの右端ではなく、二人がけの角のテーブル席だった。
「それで、話って何?」
「正式に結婚が決まってからここ一ヶ月、仕事の合間を縫って不動産 屋に家を探してもらっていた。結局家じゃなくマンションに決めた んだが・・・・・・」
ガサガサとバックをあさり、一枚のメモ用紙を真佐海に見せた。
「住所はここだ。三日後の土曜に引越し会社をここと裕美のマンショ ンに手配している。悪いんだが、簡単に荷物をダンボールに詰めて おいてくれるか?他人にはあまり触れられたくないんだ。
それにその方が業者も早く出て行ってくれるだろうから店の邪魔 にならないだろう」
解かった、と小さく呟き、真佐海はテーブルの下で左手首を右手で強く掴んでいた。
「それからもう一つ。今まで辛い思いをさせて悪かったな。お前が怪 我をしたと聞いて、なんとか役に立てないかと思ってここに住ませ てもらっていたが逆にお前を苦しめただけのようだ」
周助が言った事の意味を、真佐海は理解できなかった。
統馬に突然キスをされていた時よりも左胸が激しく高鳴っている。
だけど、もうこれは恋愛感情ではなかった。
周助に何かを言われるのが怖かった。
「十年前、お前に自信がないからと言って別れて、俺がまたここに戻 っていて、お前を引っかき回すような事をして、本当に悪かった」
「もう吹っ切れてるから・・・・・・気にしないで」
それは本心だ。
今でも統馬がここにいてくれたらと思ってしまう。
いつの間にかそれほど真佐海の中で統馬の存在が大きくなっていた。
周助を忘れるほどに。
「実は俺、恋人がいたんだ。光を覚えてるか?」
真佐海は小さく頷いた。
周助の親友で、当時真佐海の親友だった雅也の部活の先輩だった人だ。
「あいつと、ずっと付き合ってたんだ。ここに越す前から同棲してて 今でも時々帰ってる。それで、お前に結婚の事を告げた晩に、話し てきたんだが、言った途端に追い出されてなて。
おそらく別れるだろうな」
こうやって、周助と二人きりで話すのは久しぶりだった。
けれど、周助に光の事を言われても、真佐海には返答のしようがなかった。
だが、周助は周助で悩んでいるのだろう。
何があったのかはよくわからない。
それでも周助には幸せになって欲しい。
今なら素直にそう思えた。
それもこれも、統馬のおかげだろう。
「それで・・・・・・式を六月に挙げる予定だ。どうしても六月に式を挙げ たいと言っていて・・・・・・急だけども来てくれたらうれしい。今は実 家に泊まってるから何かあったら 連絡してくれ」
「光さんと、ちゃんと話し合ってね」
真佐海の意識は、ここで途切れた。
気絶をしたとかではなく、ただ端に覚えていない。
どれくらい時間が過ぎただろうか。
暫く統馬がいつも座る席に座り、真佐海はぼうっとしていた。
カタン、と何かの物音で気づいた真佐海は、そんな自分に苦笑いをし、ジーンズの後ろポケットから無造作に煙草を取り出して火を点ける。
そして、二つ折りの携帯を親指で弾く様に開くと、統馬の携帯へと悪戯電話のようにほんの数秒だけ鳴らして、電源を切った。