第五章  安らげる場所

「俺も持つよ」

会計所でもらったビニール袋に荷物を詰め、重そうな袋を四つ提げている統馬の手から袋を一つ手に取るが、真佐海の手ではそれは持てず、右手に持ち替えようとした途端、その荷物を統馬が持ってしまった。

「そっちは重いから持つならこっちを持ってください」

明らかに他の三つとはサイズの違う袋を渡されたが、真佐海の右手ではそれが限度だった。


三年経ったとはいえ、医師には使いすぎと重い物を持つ事はできるだけ避けるように言われている。

「いつも買い物はどうしてるんですか?」

「軽いものなら自分で持つし、重くなると配達とか」

後ろから雪に押されるような感覚を不快に思い、早足で店へと向かう。

店を出てから三〇分程しか経っていないのに、ドアに下げていたホワイトボードは雪が被さり、伝言板の役目はすでに果たしていなかった。

それを片付け、店に入ると暖房が効いていて暖かく、真佐海は冷えて冷たくなった頬にチクチクと刺さるような鈍い痛みを一瞬感じた。

 

統馬の持っていた袋から次々と食品を取り出し、冷蔵庫に入れていく。統馬は店の暖房の前に椅子を持って行き、手を温めていた。

「開店休業とはこの事だな」

真佐海は、統馬と同じように隣に椅子を持って行き、冷えた手を温める。

統馬の手を見ると、重い荷物を両手一杯に持っていたせいで手の平に赤いビニール袋の紐の形がくっきりと残っていた。

「ごめんね。重いもの持たせて」

そっと赤い筋を撫でると、不意に引き寄せられ、そのまま唇を重ねられた。

「いつもキスしようとすると逃げますよね」

確かに真佐海は統馬がキスしようと顔を近づけたり頬を撫でたりするときに体が強張って半歩後に下がってしまう。

 

十年前の周助と統馬を重ねてしまうのだ。

そして統馬が離れていった時のために防御線を張っている。

統馬が怖いわけでも、その手が嫌なわけでもない。

ただ自分の傍からいなくなった時の事を考えてしまうのだ。

「やっぱりオレじゃ駄目ですか?」

そっと触れてきた手にもピクッと小さく震えてしまう。

「駄目じゃないんだ。十年前を・・・・・・思い出すんだ。あと 一ヶ月もすれば出て行ってもらうから。そうしたら平気になるから」

真佐海の言っている事は、半分統馬には意味が解らない。
だが、もし出て行くとするなら、一緒に住んでいる周助だろう。

結婚も決まったようだし、そうすれば出て行くのは普通の事だ。

けれど、それをここまで顔色を変え、必死で統馬に訴えているのは以前の恋人が周助だからだろう。

真佐海の様子から大体の事を察した統馬は、小さく解った、と言うと椅子に座りなおして真佐海に触れられたままだった手を放した。

「明日から一週間、深夜バイトが続くんで、朝と昼は多分来られないと思います。でも夜は飯食いに来るから」

統馬がふと、外にに視線を向けると、周助が車から降りてきた。

「昼飯ですか?周助さん」

「真佐海に話があってな。悪いが外してくれるか?」

「・・・・・・解りました」

また悪い予感がしたが、統馬はジャケットを羽織って、何も言わずに店を出ると、ここから程遠くないアパートへと帰宅した。