第三章  十年の月日

「千鶴・・・・・・いらっしゃい」

周助が帰ってから二十分後、店に真佐海の長年の親友である千鶴が顔を出した。

「専務がメールで直ぐに店に来いって言うから、何事かと思  えば・・・・・・何があったの?」

「あ、そっか。今、千鶴は周助の会社で働いてるんだよね。 ・・・・・・周助が結婚するんだ」

出来るだけ祝福を込めて言ったつもりなのに、気持ちとは裏腹に声は低くなってしまった。

「なるほどね。それで真佐海は機嫌が悪いんだ」

いつも千鶴が頼む紅茶を言われる前に作る。

千鶴の好みを把握している真佐海は、時々オリジナルの紅茶を出すこともあるが、今日はとてもそんな気分ではないから、普通の紅茶だ。

「俺・・・・・・さ、諦めてた筈なのにまだ駄目みたいだ。周助を ここに置いていたのは俺が怪我して、その手助けで住んで いただけだ、俺がよくなったら出て行くんだって解かってた のに。あいつがいる限り、忘れるなんて無理みたいなんだ。早く出て行って欲しいよ」

千鶴は黙って聞いていた。

いつもなら途中で反論するのに、今日は反論も説教もしないで静かに聞いている。

「真佐海はそれでいいの?」

今まで見た中で一番ではないかと言うような優しい笑顔で訪ねてくる。

「もう・・・・・・疲れたんだ。それに十年前の事、引っ張り出されたくないしね」

「でもさ、真佐海好きな人できたんじゃないの?半年くらい 前からなんか真佐海の雰囲気変わったんだよね。優しくなった」

「・・・・・・俺、そんな酷かった?」

カウンターを挟んで向かい合うように座っている真佐海に、千鶴は思わず笑ってしまった。

真佐海は年よりも若く見える。今の不貞腐れたような表情は、大学時代と全く変わらなかった。

「前から優しかったけど、雰囲気的に柔らかくなったの。前はどこか人と距離を取っているような所があったしね・・・・・・じゃあ、私はもう真佐海の彼女って肩書きは無くていいんだ。ちょっと勿体無いかな。真佐海、格好いいし本当に彼氏に出来たら友達に自慢できるのに」

その端麗な顔立ちの頬を小さく膨らませる。

真佐海が苦笑いすると、でも、と少し寂しそうな表情を浮かべた。

「実はね、私、真佐海の事好きだったの。まだ中学生くらいの時かな。だから真佐海が別のクラスに行っても、何かと用事つけて真佐海に会いに行ったんだ。でも真佐海は昔から専務が好きだって知ってたいし、見込みないから直ぐに諦めついたけどね。それに私、今、付き合ってる人いるんだ。同い年のくせに上司なんだけど、真佐海もよく知っている人だよ。だから真佐海もその人とうまくいけばいいね」

「今までありがとう。千鶴も、その人とうまくいけばいいな。俺も知ってるなら今度店に連れて来いよ」
 

千鶴は小さく頷き、じゃあね、と小さく手を振ると、店を出て行った。


千鶴が帰った後から真佐海は原因不明の頭痛に襲われ、その日は臨時休業にしてしまった。

周助は帰ってくるかわからないし、あまり仕事が遅くなると実家に泊まる事もある。

夕食を取りに来ると言っていた統馬には悪いと思ったが、ドアに『臨時休業』とホワイトボードを下げて二階に上がった。