第三章 十年の月日
カウンターの上に箱に置き、統馬は当てもなく店内を歩く。
改めて店内を見回すと、各テーブルには一輪ずつ花が飾ってあった。
どれもよく手入れされていて、薔薇の棘は全て抜いてあった。
「重かったでしょ?」
そんな統馬を気にもせず、真佐海がランチ用にホワイトボードを書いていると、小さく音を立ててベルがなった。
「あれ?周助さん、こんな時間にどうしたんですか?」
ふと目を上げると怪訝な顔をした周助が立っていた。
「周助?どうしたの?」
「報告をしに、昼飯がてら来たんだ」
統馬は直感的に何か嫌な予感がした。
「今度からお前に窮屈な思いをさせずにすむよ」
「どういう事?」
周助の言葉に、真佐海はホワイトボードに書いていた手を止めた。
「結婚が決まったんだ」
半年ほど前、周助は取引先の令嬢である須藤裕美と武の勧めで見合いをし、それから何度か食事を兼ねて会っていた。
真佐海も一度だけだが会った事がある。
とても清楚な女性で、真佐海も好感を持っていた。
「そっか・・・・・・裕美さんと結婚決まったんだ。おめでとう」
言いながらも、真佐海は目の前が真っ暗で今にも倒れそうだった。
事実、一度周助の事は諦めたものの、一緒に住むようになってどこか期待していた。
だから三年もここに住ませていたのかもしれない。
一言、もう大丈夫だからと言えば出て行っただろうに、真佐海はそれをしなかった。
――一人が寂しい事を知っているからこそ、言えなかった。
「これでお前も気軽に上条を呼べるな。今まで共同生活だっ たからお前も彼女すら泊められなかったからな」
おめでたい事なのに、なぜか周助はあまり嬉しくなさそうだった。
政略結婚だからかも知れないが、どこか迷いのあるような、そんな表情をしている。
「オレ、ちょっと買い物行ってきます。六時くらいには夕飯 食いにきますから」
なんとなく居心地が悪くなった統馬は、逃げるように店を出て行った。
「まだ婚約の段階だ。だから正式に結婚が決まったら、ここ を出て行くよ。お前も、もう大丈夫だろう?」
昼食用に出したサンドイッチに手を付けながら、真佐海を見る瞳は、十年前のような野生的で、真佐海だけを想っているものとは違った。
全てに疲れ果てたような、どこか諦めたような雰囲気がある。
昔のように自由奔放な周助の面影は、もう消えていた。
「お前の方はどうなんだ?お前の事だから、碌に会ってない んじゃないか?」
「会ってるよ。昼間とか、結構店に来るしさ」
苦笑いを浮かべて答えると、どうだか、と周助が言い返し、背広の胸ポケットから携帯を取り出した。
「上条を呼んでやるよ。俺はそろそろ会社に戻らなきゃならないから」
最後のサンドイッチを口に頬張りながら手早くメールを打ち、それが終わると慌ただしく出て行った。