第三章 十年の月日
十年前、周助は自室のベランダで、真佐海には必要以上に触れないと言った。
しかし、四年前の真佐海が大学四年の頃、この店でのバイトを終えた真佐海は、アパートに帰る途中に交通事故にあった。
それ以来、軽い後遺症が残り、周助の申し出で急遽一緒に住む事になってもう三年・・・・・・
「真佐海さん!早く食器片付けないと乾きますよ」
周助が見えなくなってからも、暫くぼんやりと外を見つめていた真佐海の代わりに、統馬は周助とほぼ一緒に出て行った客の食器を運んでいた。
「ごめん、後は俺がやるから座ってて」
そう言って真佐海は無理やり笑顔を作った。
統馬は、黙々と食器を洗う真佐海にいつものように話しかけたいのに、真佐海の回りに漂う雰囲気にそれが出来ず、自分の席に座ってただ真佐海を見つめていた。
「コーヒー淹れるけど飲む?」
キュッと水道を閉める音で我に返った統馬は今更ながら、自分が真佐海を見つめていた事に気づいた。
「何か言いました?」
「コーヒー飲む?って。ぼんやりしてどうしたの?」
真佐海は統馬の返答を待たずにコーヒーメーカーに二人分の水を入れる。
「・・・・・・・何でもないです。ただ考え事してただけですよ」
「俺に何か聞こうと思ったんじゃないの?」
図星をつかれた統馬は反論できず、静かに頷いた。
真佐海の雰囲気がそうなのか、真佐海が鋭いのかはわからないが、統馬はなぜか、真佐海に嘘をつく事が出来ない。
「どんな事?」
コポコポと小さい音をコーヒーメーカーが立てている。
その隣で真佐海はカップを準備していた。
「プライベートな事なんですけど・・・・・・真佐海さんと周助さんっ て親戚とかなんですか?」
真佐海と周助の間に漂う雰囲気は甘く、二人は統馬が真佐海に抱いている恋という感情と同じものを持っているという事を根拠はないが、統馬はそう思っていた。
ただ、その推測を少しでも打ち消すような言葉を統馬は少なからず期待した。
「周助は俺の兄貴だよ」
コーヒーカップに淹れたてのコーヒーを注ぎ、統馬の前に差し出すと、真佐海は統馬の隣に腰掛けた。
「あ・・・・・・そうなんだ。一緒に暮らしているみたいだし、真佐海 さんと周助さん、話しているときの雰囲気が全然兄弟っぽくな くて、失礼かもしれないけど、なんか恋人同士っぽい時があっ たから」
「統馬は・・・・・・同性愛とか偏見がない方?」
封印していた筈の十年前の周助の言葉を思い出してしまった真佐海の声は、微かに震えていた。
「偏見なんて、ないですよ。オレは恋愛に性別は関係ないと思っているんで」
同性に恋をしている統馬にとって、それは素直な気持ちだった。
それを感じ取った真佐海は安心したようにため息をついた。