第二章 波乱の幕開け
「真佐海、雅也が呼んでるよ」
翌日の昼休み、珍しく昼食を一人でとり、音楽を聴いていた真佐海にクラスメートから声をかけられた。
ドアの方を見ると、雅也が気まずそうにこっちを見ている。
真佐海はイヤホンを外すと、雅也に歩み寄った。
「・・・・・・何?」
三日ぶりの会話にしては素っ気無い。
だが、週末のあの件を思い出すと、ついきつい口調になってしまう。
「話あるから屋上に行こう」
話の内容はおそらく、いや絶対に週末の事だろう。
今度は何をされるのかという不安もあったが、真佐海はとりあえず、雅也について行った。
「この間は、ごめん」
二人で屋上のフェンスに寄りかかりながら、雅也は小さくそう言った。
「もう絶対しない。だから・・・・・・」
「いいよ、もう」
言いかけた雅也を真佐海は遮った。あれこれ長く誤れるのは御免だった。
「・・・・・・ありがとう」
二人の間に沈黙が流れた。
ふと、空に目をやると、暗い雲が一面を覆っていた。
これから雨でも降るのだろうか。
真佐海は容赦なく当たる冷たい風に、軽く身震いした。
「佐伯先輩、やっぱり態度変えないの?」
階段を下り、校舎の中に入ると、少しだけ、寒さが弱まった。
真佐海はきつく握っていた上着の裾を離し、冷えた手を重ね合わせる。
「・・・・・・俺が寝てる間に出て行っちゃった」
その声は震えていた。
不思議だと思う。
付き合っている実感がなかったくせに、別れてしまったら、毎日寂しくて、悲しくてやりきれなかった。
いつの間にか周助が隣にいるのが当たり前だった。
「そっか・・・・・・人にはその人の考え方があるからさ、なんだか んだ言えないけど、先輩も、それなりの考えがあったんだと 思う。でも、真佐海も苦しいなら、会いたいなら、押しかけ
てもいいと思うよ」
やっぱり話してよかったと、真佐海は思った。
雅也は理解してくれる。
たとえ一度裏切ったとしても、今の真佐海にはたった一人の理解者だ。
「雅也の言うとおり、周助なりの考えがあるだろうから、俺は迷惑かけるような事したくない」
薄く笑んだその表情に、雅也は魅了した。
以前よりも綺麗になったと思った。
確実に、目に見える形で色気を増した真佐海。
最近は思春期真っ直中の男女どちらにも人気がある。
特に男の方の駆除をしているのは雅也だった。
「雅也の希望は理数科だっけ?」
暫く居心地の悪い沈黙に先に根をあげたのは真佐海だった。
「ああ。お前は文系だったな。千鶴も文系希望らしいぞ」
屋上からの階段を下り、教室へ戻る廊下を歩いていく。
既に予鈴が鳴っていて、廊下に他の生徒達はいなかったが、その静かな空間に、足音が聞こえ、真佐海達は振り返った。
「真佐海、探したよ。どこ探してもいないんだから!」
少し息を切らして真佐海を追いかけてきた小柄な女子生徒は、上条千鶴(かみじょうちづる)。
先ほどの話題にも出てきた人物で、雅也と同じく、長い付き合いがある。
「これ、卒業前に返しておこうと思って。どのちみち同じクラス だけどね」
差し出されたのは真佐海自身貸した事を忘れていた辞書だった。
「なんか高等部の人たち卒業してから急に静かになったよね ・・・・・・」
千鶴がぽつりと呟いた後、真佐海の表情が一瞬硬くなったのを見て、雅也に説明を求めるように見上げたが、雅也はただ首を振って、千鶴を自分の教室へと戻した。
「元気出せよ」
そして教室に入ろうとしたそっと真佐海の肩を叩き、雅也も慌てて教室へ入って行った。
その直後に本鈴が鳴り、真佐海も慌てて教室へと戻った。