第二章  波乱の幕開け

その後、真佐海は周助に自分から会う事はなかった。

そして周助も、時々は帰ってくるものの、真佐海とはあまり深く関わらないように両親の前で簡単な近況報告をするだけだった。


二人が別れて一年後に聞いたのは、恋人が出来たという事だ。

直接真佐海に言ったのではなく、武と周助が話しているのを真佐海が聞いただけだった。

それを聞いただけで、真佐海の胸は痛み出し、何日も苦しんだ。

 

 

二年後、真佐海が高校を卒業し、大学へ入学して暫く経つと、バイトを始めた。

バイト先は落ち着いた感じの純喫茶店、『胡蝶』。

純喫茶とだけあって、酒類は絶対に客にださない。

オーナーである、緒方創平の友人が来たときは仲間内で閉店後に飲んでいたようだったが、真佐海達バイト店員の前では絶対に出さなかった。

きっかけは単純だった。

 

二年経っても相変わらず孤独感は消えず、真佐海は自分自身に絶望を感じていた。

特に学びたい事があるわけでもないまま大学へ入り、ただ退屈な毎日を過ごしていた。

そんなある日、偶然寄った純喫茶のマスター、緒方創平(おがたそうへい)が相談に乗ってくれたのだった。

ほとんど毎日のように通っていた真佐海にここのバイトを進めたのも、時間があるならここを手伝ってみないか、と誘ったのも緒方だった。

一見、取っ付き難い印象を与える緒方は、一度話せば外見ほど話しにくくはなかった。 

むしろ話し上手で、真佐海が悩んでいるときはいつも相談に乗ってくれた。
大学での不安ごとから、悩みに値しないのでは、というような些細な事まで。

そして真佐海は、雅也を除いて初めて他人である緒方に自分が同性愛者である事を話した。

気にしない、と緒方は言うものの、もしかしたら嫌悪しているのかもしれないという不安は拭えずにいた真佐海を、緒方は叱った。

『そんな考えではこれから先、どうするんだ、少しは人を信用しなさい』と。

まるで自分の息子か孫にでも叱るように言う、真佐海はそう言ってくれた緒方に嬉しくて、その場で思わず泣いてしまった。

就職活動の時期になり、次々とバイト仲間が辞めていく中、真佐海はずっと『胡蝶』でバイトをしていた。

バイトをしながらも就職先を探していて、運よくある会社に採用がきまった。

しかし、その社風は自分には合わないような気もしていた。

採用が決まった事に安心しつつも、そんな不安を抱えたままでいた真佐海の相談相手になってくれたのは、やはり緒方だった。

もしかしたら採用の決まった会社でやっていくのは無理かもしれないと、愚痴をもらせば、いつでもここに戻ってくればいいと言ってくれる人の存在は、かなり大きかった。

結局、大学を卒業する前に事故に遭い、内定を辞退した真佐海は緒方の意思もあり、『胡蝶』を経営する決意をした。

 

そして、真佐海が周助と別れてから、十年が経とうとしていた。