「突然呼び出してすまないな」
「別に構わないけど、何かあったの?」
ファミリーレストランでコーヒーを飲んでいた周助に突然来いと呼ばれた光は、メニューを抱えて注文を取りにきた自分たちと同じくらいの年齢のウェイターにコーヒー、とだけ言って返した。
新人なのか、光の態度に少し躊躇ったようだが、光は関係ないと言わんばかりにウェイターを無視した。
そのウェイターに、周助は苦笑いを零し、周囲に人気がなくなると、周助は本題を切り出した。
「俺のアパートで一緒に住まないか?」
「何を言い出すかと思ったら・・・・・・お前、あのアパートは真佐海君を泊まら せる為に借りたんだろ?家じゃ家族の目を気にしてるからって」
先ほどとは別のウェイターが差し出したコーヒーに、光はテーブルに置かれていた砂糖とミルクを入れ、まだ湯気が立ち上るカップに口をつける。
熱いコーヒーが口の中に広がり、舌にとむず痒いような感覚を、光はゆっくりと味わった。
「俺と真佐海は兄弟だったんだ」
「・・・・・・義理の、だろ?」
今更何を言っているんだと光は思ったが、周助の表情はかなり自分を思いつめているようだった。
「腹違いの兄弟だったんだよ。だから真佐海を泊まらせたら、俺は恥ずかし い事にキス程度じゃ抑えられなくなる。そこまで人間ができていない」
光は何度も瞬きをし、信じられないようにため息をついた。
「周助、今まで義兄弟としてなら付き合えたのに、腹違いの兄弟だったら付 き合えないの?」
その言葉に痛い所を突かれたのか、周助は小さく体を震わせ、動揺を見せた。
「自信が・・・・・・ないんだ。同性愛者っていう事だけで後ろ指指される時代で 、その上近親相姦なんてきたら真佐海が今後困る事になる。それを避ける
為にはこれでいいんだと思ってる」
「自信がないのは仕方のない事だと思う。周助は叔父さんの会社を継ぎたい んだろ?確かに真佐海君の将来の事を考えて言ってるのかもしれないけど 、オレには自分の体裁も気にしているように見えるよ。きつい言い方かも しれないけど・・・・・・・」
「・・・・・・その通りかもな。本当に、この決断が真佐海のためなのか、俺のた めなのか、自分でもわからないよ。でも、暫くは距離を置くことに決めた んだ」
五年ほど付き合っていて、光はこんなにも辛そうな表情をしている周助を見るのは初めてで、とても見ていられなかった。
「いいよ。家賃が払える額だったら。オレも部屋探してたんだ。そろそろ出 て行ったほうが良さそうだしね」
「お前の親、やっぱり認めてくれないのか?」
光は頷き、再びコーヒーカップ口につける。
「仕方ないよ。うちの親はゲイに理解がないみたいだから。オレが出て行っ たほうがいいみたい」
一ヶ月ほど前、光は母親に彼氏とのキスシーンを見られた。
光の母は父に黙っていたようだが、その時からどうも母が自分を見る目が変わってきたようだ。
軽蔑の眼差しとまではいかないが、やはりノーマルな母にはショックが大きかったようで、光をできるだけ避けていた。
光は母親と仲が良かった分、そんな家に居辛くて、大学に進学すると同時に家を出ようかと考えていた矢先だった。
「部屋は1DKだけど、俺一人には広すぎるんだ。ガス、水道、電気、家賃 はそれぞれ半分出してくれればいい。あとは好きにして構わない。彼氏を アパートに入れる事はできないけどな」
「それは別にいいよ」
「そういえば、もしかして光の彼氏って生徒会の奴か?休み時間になると よくお前呼び出しされてたけど」
光は呆れたようにため息を漏らし、冷めたコーヒーを一気に飲み干した。
「違うよ。あいつはオレがゲイだって知ってて勝手に付きまとってただけ。 オレの彼氏は・・・・・・リーマンだよ」
周助は少々驚いたようだったが、そうか、というように二、三度頷いた。
「あ・・・・・・お前の彼氏、反対するんじゃないか?」
「別に大丈夫だよ。一緒に住んでいれば周助も早く思い出にできるかもしれ ないしさ。でも夜とか襲っちゃうかもしれないけど」
それを周助は笑い飛ばし、テーブルの隅に置かれた伝票と手に立ち上がった。
「彼氏持ちの奴が何言ってんだか。お前に俺が襲えるわけがないだろ」
見ただけでも体格差は歴然で、明らかに光が不利だ。
「解からないよ?」
クスッと笑い、会計に向かう周助の後を付いて行く。
自分の分の支払いをしようと財布から千円札を取り出したが、周助に遮られ、仕方なくそれを財布へ戻した。
第二章 波乱の幕開け