最終章 愛する事の、意味
電車を乗り継いで、書かれていた住所のマンションへと着いたのは、五時少し前だった。
周助は時間に煩い。少し遅くなっただけでも、昔はかなり怒っていた。
だが、それは少し方向音痴な真佐海を除いた家族や、友人達だけだったが。
エレベーターを降り、二つしかないドアのうちの一つへと、真佐海は足早に歩む。
そして、その前に立つとインターホンを短く一度だけ鳴らした。
「久しぶり」
頭上から聞こえた声に聞きなれず、真佐海はふと、部屋を間違えたのではないかと思ったのだが、『久しぶり』という言葉は初対面では使わない。
不思議に思った真佐海は、玄関の段差とその長身で自分より遥かに背が高い人物を見上げた。
しかし、その人物に見覚えは無かった。
「・・・・・・あの、どこかで会った事があります?」
「覚えてないか・・・・・・ま、いい。佐伯先輩が中で待っているから早く上がれ」
疑問を残したまま、真佐海は言われるまま部屋の中へ上がった。
アンティーク調の木の枠にはめられた半透明のガラスドアを開けると、そこには周助をはじめ、千鶴や統馬、光、そして見覚えの無い人物が背後に一人。
「誕生日おめでとう、真佐海さん」
屈託無く笑む統馬に祝福の言葉を言われ、真佐海はようやく、今日が自分の誕生日である事と、統馬の行動の余所余所しさの理由が解った。
「真佐海、自分の誕生日だって忘れてたでしょう。どうせ忘れてると思ったからいろいろ
な事を合わせて祝賀会」
「いろいろな事って?」
「まずは、真佐海の誕生日と真佐海と統馬君がくっついた事。それから光さんと専務が元
サヤに戻った事。そして、私達だけの同窓会」
そう言って真佐海の背後にいた男の腕に自分の腕を巻きつけた。
「本当に覚えてないみたいなんだよ」
男は千鶴を見下ろし、千鶴に助けを求めた。
「真佐海、雅也を覚えてるわよね?昔とかなり変わったけど、この人よ」
「まぁ、気づくはずも無いな。高校から会ってないし」
目を丸くして驚いている真佐海に、雅也は苦笑いを零した。
高校二年に海外へ引っ越した雅也とは、何度かメールで連絡を取ることはあっても、会う事はなかった。
今回も、いつ戻ってきていたのかはわからない。
けれど、この日のために内緒にしていたのだろう。
「だから久しぶりって言ったのか。てっきり俺は部屋間違えたと思ったよ」
そう言った瞬間、周助が声を上げて笑った。
珍しいほど機嫌がいいのは隣に光がいるからだろうか。
相当酒も飲んでいるらしく、いい頃に酔いが回っているのもあるのだろう。
「大丈夫だ。このフロアには俺しか住んでいない。そういえば、裕美から鍵を渡されたん
だってな」
「うん。突然店に来たからびっくりしたよ」
鍵をソファーに座っていた周助に渡すと、周助はその鍵を隣に座っていた光へ渡した。
「え・・・・・・?」
「お前が持ってろ。いつまでも意地張ってないで、さっさとここに越してこい」
真佐海たちの居る前で平然と言ったその言葉に、光は恥ずかしそうに頬を染めたが、酒の勢いとそれ以上に嬉しくて周助に抱きついてしまった。
「内海先輩!何してるんですか、人前で」
「親みたいな事いうなよ、雅也。いいだろ?」
呆れたような口調で言う雅也を抱きついたまま思い切り睨み付けた光は十一年前より大人びたものの、今年で二十九には思えないほどで、こうして皆で集まっていると、辛い事もあったが、楽しかった昔を思い出す。
ただ一つ、違うのは統馬が隣にいる事。
どんな自分でも受け止めてくれる、この世で一番で、最後の恋人の存在。
もう昔を思い出しても苦しくなかった。