最終章  愛する事の、意味

その日は、朝から統馬の様子が妙だった。

 

すでに真佐海の家で暮らしてから二週間になるが、その間も、それ以前もバイトがあるからと朝食もそこそこに出て行ったのはこれが初めてだった。

 

統馬の言い訳に疑いを持つものの、考え出せば止まらないと思った真佐海は、それ以降、別の事に専念しようと思っていた。

しかし、考え付くのはすべて統馬絡みの事で、折角の晴天だというのに、真佐海は自己嫌悪に陥っていた。

 

「いらっしゃいませ」

 

ドアベルの音が聞こえ、真佐海は反射的にそう声をかける。

店に来たのは、見覚えのある女性だった。

 

「あの・・・・・・佐伯周助さんの弟さんですよね?」

 

その女性は席に座るでもなく、カウンター越しに真佐海に尋ねた。

 

「ええ、そうですけども・・・・・・」

 

「私、周助さんの婚約者だった裕美です。周助さんは今どちらに?」

 

真佐海はカウンターに掛けるよう施した。

そして、どこか見覚えのあるこの女性に名乗られてから、周助の元婚約者だった人だと、知ったのだった。

 

「兄は今会社の方にいると思いますが、兄に何か?」

 

「これを返してもらいたいんです」

 

そう言って、裕美が差し出したのは茶色い、どこにでもある細長い封筒だった。

 

「部屋の鍵です。周助さんに返しそびれていたので、渡してもらえないでしょうか?」

「わかりました。兄に渡しておきます」

 

そう真佐海が答えるなり、裕美は立ち上がって挨拶をすると表で待っていた車に乗り込んだ。

 

真佐海は封筒に入った鍵を見つめ、周助に電話をしようと携帯を取り出した。

すると、そこには新着メールが表示されており、送信者は丁度、周助だった。

 

周助からメールが来るのはかなり珍しい。

婚約を解消したという報告を受けた約三週間前以来の連絡だった。

 

メールを開封すると、周助らしい短文が現れた。

 

『五時に店を閉めてこの住所の場所へこい』

 

メールはこの一文と住所しか書いておらず、真佐海は首を傾げた。

その書かれた住所に、真佐海は全く見覚えが無い。

それでも真佐海は裕美から預かった鍵も返す丁度いい機会だと思って、その場所へ行く事にした。

 

昼のランチを終え、慌しい時間が過ぎると、また静かな時間が戻った。

今日はいつになく忙しく、何故こんな時に限って千鶴がいないのだろう、と休みを許可した自分自身を少し恨めしく思った。

 

客は引けたものの、真佐海は休む暇なく、五時に間に合うように店の片付けをする。

それが終わると、店の掃除をし、時間を確認した。

 

その時はすでに残りは一時間もなく、真佐海は二階の自宅へ急いで着替えに行った