最終章  愛する事の、意味

「真佐海さん、もう一人お客さんが来てるから、キッチンに行ってみて」

 

統馬と二人、壁に寄りかかって楽しそうな三人を見ていた真佐海に、統馬はドアを一枚隔てたキッチンへ行くように言った。

真佐海はもう一つ何かを用意しているのかと、少し覚悟を決めてドアを開けた。

 

「緒方さん!」

そこには、喫茶店の前オーナーである、緒方創平がいた。

 

「久しぶりだな、真佐海君。相変わらず、君は変わらないな」

 

「緒方さんこそ!いつこっちに帰ってきたんですか?連絡くれたら空港まで迎えにいった

 のに」

 

息子のいない緒方は、真佐海を実の息子のように思っているためか、二人の間には周助をはじめ、千鶴までも入ることはできなかった。

 

「周助君が祝賀会をやると言ってたんでね、暇だったから昨日来たんだよ。それにしても

 真佐海は見た目は変わらないけど随分明るくなったな。そこにいる五十嵐君のおかげ

 か?」

 

「・・・・・はい。俺が立ち直れたのも、統馬のおかげです」

 

真佐海にも酒を渡そうとしたのだが、話し込んでいる二人を見て足を止めてそれを聞いてしまった統馬は嬉しくなり、周助たちの所へと踵を返した。

 

これ以上聞いていたら、無意識に褒め言葉を言う真佐海に照れてどうにかなってしまいそうだった。

 

「真佐海も楽しんでるみたいだな。緒方さんを呼んでよかったよ」

 

周助と二人、ワインを飲みながらそう話していると、ふいに真佐海が後ろへ来て、手を伸ばした。

 

「周助、俺にもワイン頂戴」

「飲み過ぎるなよ」

 

仕方ないとため息をついてワインを注いでやると、真佐海は当たり前のように統馬の隣にすわり、好物のブルーチーズと、懐かしい緒方の料理を食べ始めた。

 

それぞれがいい方向へとまとまり、やっと落ち着いた空気の中、真佐海は隣に座っている統馬に寄りかかって、この十年を振り返った。

 

 

確かに辛い思いもした。

けれど、一人だと、孤独だと嘆いていた十年間を、今では後悔していない。

 

その時の真佐海も今の真佐海も、周助を好きだったときの真佐海も、全部好きだと統馬が言ってくれたから。

 

自分は男だし、どんなに真佐海が頑張っても、女性には勝てない。

そして男女の恋人同士のように結婚を許してくれる法律も、日本にはない。

 

それでも、真佐海はそれでいいと思っている。統馬と『結婚』という形を取らなくても一緒にいれさえすれば十分だ。

 

そう感じる事ができたのは、真佐海が自分自身でも忘れていた二十六歳の誕生日を迎えた日だった。


                    end