記憶

ゆったりとしたイスからベッドに移り、目を閉じて文也君に言われた事を考える。

『傍にいてやってくれ』と言われたけど、オレなんかでいいのだろうか?

オレよりも恭介にふさわしい人はこの世に何人もいる筈だ。

急に目の裏側がチカチカと光を放ち、昔住んでいた家が移った。

そこには、顔も憶えていない母さんと、まだ小さい頃のオレがいた。
幼いオレは母さんに蹴られ、思い切りぶたれている。
幼いオレは泣いて必死に誤っていた。

なのに、母さんはやめる所か今度は手近にある物をオレに投げつけている。
避ける為に窓辺に下がっていくと、いきなり母さんに押されて、物があたって脆くなっているガラスにぶつかり、オレはポーチに血を流して倒れた。

助けたくても、体が動かなくて遠くから見ていることしかできなかった。


急に視界が揺れて、恐る恐る目を開くと恭介が心配そうに覗き込んでいた。
「夢・・・?」
どうやらオレは眠っていたらしい。

「かなり魘されてたけど、大丈夫か?」

ここにいるのが母ではなく、恭介だという事をこの温もりが証明している。なのにまたあの夢を見てしまった。

昔の記憶が傷の痛みを蘇らせ、胸を圧迫するような息苦しさが重なる。

いつものことで慣れているはずなのに、今日は一段と苦しく感じる。すぐに恭介が近くにあった紙袋を口に当ててくれて、呼吸を繰り返していると、徐々に呼吸が整ってきた。
その間にも恭介はオレの体を支え、大丈夫だから・・・と何度も繰り返し耳元で囁いていた。


「落ち着いたか?」

呼吸が戻り始め、涙も止まったオレを、恭介はまだ心配そうに見ていた。

「うん。だいぶ落ち着いた」
今気づいたけど、恭介はオレがこうなったときからずっと背中を撫でてくれていた。
今もまだ撫でていてくれる。


優希が六、七歳のときにガラスの破片が体に深く刺さって病院に運ばれたときの事、覚えてるか?」


なぜ恭介がさっきの夢の事知っているのだろう?


「あの時、優希の担当医は親父だったんだ。この間、優希が入院したときに調べたら昔に自分が担当した人だって事を覚えてたらしくて。
親父が、もしその傷を優希が気にしてるならレーザー治療を勧めるって今日伝えたかったらしいんだけど、あの通り酔っちゃったからさ、代わりに俺が伝えておく」


「・・・意外なつながりがあるものなんだね」


ベッドに横になり、淡い緑色の天井を見つめた。


「レーザー治療、やってみる?」


オレの隣に横になった恭介が、オレの体に腕を巻きつけ、引き寄せた。


「どうしよう・・・」

「金とか、俺のことは関係なしに、優希にその意思があるかどうかなんだけど・・・」

確かに、薄い服とかはあまりきれないし、腕の傷も結構酷いから半袖は着れない。
でも、それで不便に感じたこともあまりない。

「もう少し考えてみていい?」
「もちろん」

そっと唇にキスをされ、横に寝そべっていた恭介がオレを見下ろすように組み敷き、もう一度キスをしようと唇を近づけたその時、

「恭介!」
と悠真さんの呼ぶ声がリビングで聞こえた。

「恭介、呼んでるよ」

オレの上にいる恭介を無理矢理どかすと、恭介は舌打ちをしてリビングに行った。


「恭介、もう少し飲まないか?」
かなり酔っているのにまだ飲み足りないらしく、残っていたウィスキーのボトルとグラス、氷も出している音が聞こえる。
「冗談じゃない!俺じゃなくても雅臣さんがいるだろ?」

滅多に怒鳴らない恭介が怒鳴っているのを聞いて、そっと恭介の傍へと歩み寄った。


「すみません」

恭介の怒鳴り声が聞こえたのか、向かい側の寝室が開き、雅臣さんが出てきた。

「悠真さん、僕が相手しますから恭介君達を二人きりにしてあげてください」


渋々と頷く悠真さんを余所に、『ごめんね』と雅臣さんが謝った。

「優希、風呂でも入ろうか」
オレの手を引いて、ドアを閉めた後に、雅臣さんが
『お風呂は沸かしたばかりだから・・・』と言っているのが聞こえた。
どうやら、雅臣さん達が入るつもりだったらしい。

「先に入ってて」