「こんばんは、優希君」

チャイムを鳴らすと、背広に身を包んだ中年の男が、ドアを開けてくれた。
恭介の父親だ。


「初めまして」


少し引きつっているものの、笑顔で挨拶する。少しでも印象をよくしておきたかった。


「恭介の父親の悠真だ。こっちは次男の文也」


よろしく、と手を差し出され、握手を交わす。
室内とは思えないほど広い廊下を通って、案内されたリビングの大きなソファーに座らされる。
恭介は隣の部屋でルームサービスを頼んでいた。


「龍二君と雅臣だ」


先に座っていた龍二君達を紹介された丁度その時、チャイムが鳴り、ボーイがカクテルの入ったグラスとワイン、シャンパン、ウィスキー、その他の御摘みで一杯になったカートを引いて部屋に入ってきた。


「乾杯」


悠真さんがそう言うと、六人分のグラスがテーブルの中央に集まり、軽く触れ合う。

悠真さんの隣にいた文也君は龍二君の隣に移り、恭介もオレの隣に移った。

 

「私と恭介はタチなのにお前だけネコだな」

数十分後、少し酔いが回り始めたオレ達の会話は弾みに弾んで、いつの間にかこんな話になっていた。

「親父がそう仕組んだんだろ?!」


少々むきになっている文也君は酔っている為か、顔が赤い。


「優希君」


龍二君や恭介達の笑い声が聞こえる中、とても親子の会話には思えなくて苦笑いをしていると、俺は相川さん呼ばれ、隣の部屋へと移った。


「君、僕の事覚えてる?」


雅臣さんはオレにジントニックを渡し、遠慮がちに聞いてきた。


「相川先生でしょ?」


なんだ、気付いてたのか。と、少し残念そうに溜息をつく。
雅臣さんはオレが高校の時にいた保健医で、よく睡眠不足で熱を出したり倒れたりと、いろいろ世話になった人だ。

だからこの人には昔からゲイだって事を話していた。

「今でもあの学校に勤めているんですか?」

さっきのジントニックやらカクテルやらで、もうかなりいい気分になってきていた。

「保健医は臨時しかやってないんだ。今は悠真さんの病院で外科医をやってる。この間、文也君の学校で数日勤めてたけどね」

オレが高校を卒業してまだ二年。
以前の雅臣さんの面影はほとんどない。
老けたとかじゃなくて、地位が変わった、という感じで。


「楽しそうだな」


頭上から声が聞こえ、空になったグラスを手から抜き取られた。


「二人とも知り合いだったのか?」

「相川さん、オレが高校のときの保健医だったんだ」

よかったな、と言って横に座ろうとした瞬間、二人を呼ぶ悠真さんの声が部屋に届いた。


「また後でな」


そういい残して隣へ移る二人と入れ替わりに、文也君が入ってきた。


「うちの兄貴には、気をつけたほうがいいよ」

「何で?」

オレが首をかしげると、クスッと笑い声が聞こえる。


「朝倉家のタチはみんな鬼畜だから。オレは母さんの遺伝子が強いからか、ネコになったけど。思い当たる節、ない?」


数秒後にやっとその意味を理解したオレは、顔が火照っていくのを感じた。

「そんなに赤くならなくても・・・」


苦笑いしてオレに炭酸入りのカクテルを渡した。飲みすぎてもう飲めなかったけど、とりあえず受け取った。

「今のところ・・・ない」

耳元まで赤くなったオレに、とうとう文也君は笑い出した。


「笑ってごめん。じゃあ兄貴まだ本性だしてないんだ。あいつは親父に負けず劣らず鬼畜だよ」


文也君は本当にオレより年下なのかと思うほど、大人っぽい。
同じく、龍二君も。


「兄貴が一人の人に留まるのって初めてなんだよ。優希さんが倒れたときも、ずっと病院から離れなかった。
本当は黙っていろって言われたんだけど、優希さんが満先生と付き合ってたときは酷かったよ。
例えるなら・・・抜け殻?
一生懸命こっちが話してるのに、意識がどこかに行ってるって言うか、そんな感じ。
あれは兄貴じゃなかった。
だから・・・さ、あいつの傍にいてやってくれないかな?
ああ見えて結構寂しがりやだから。
オレも親父も、もうあんな兄貴見たくないんだ」


数分間、オレも文也君も黙ってしまい、沈黙が続いた。
グラスの中の氷が、音を立てて崩れる。
隣の部屋からは楽しそうな笑い声が聞こえていた。


「文也、そろそろ帰るぞ」

その沈黙を破ったのは龍二君だった。
「じゃあオレ達は部屋に戻るね」
お休み、と一言言い残して、文也君はコートを羽織った。
「でも・・・この部屋って文也君たちのだよね?」
「兄貴相当酔ってるからさ、オレ達部屋変わることになったんだ」
いつの間にそんな話があったのか、オレが記憶をめぐらせているうちに文也君たちは帰ってしまった。


「優希、大丈夫か?」

「少し酔っちゃったみたい・・・」

「もう少しでお開きにするから、隣の部屋で寝てろよ。あっちに行くと、親父が離してくれなくなるから」

「うん。そうする。もし寝てたら起こしてね」

また悠真さんから呼ばれ、恭介は呆れたようにため息をついて渋々戻っていった。

記憶