記憶

目を閉じると、恭介さんが抱きしめてくれた時の体温が微かに残っていた。

すごく・・・気持ちよくて、ずっとこのままだいて欲しいと思ってしまった。

まだ満さんが好きな筈なのに、少し恭介さんに優しくされただけで心が揺らいでいる。

恭介さんの言う通り、オレは本当に満さんが好きだったのだろうか?

満さんの第一印象に惹かれたのは確かだ。

でも、あとの事は満さんを買被っていただけかもしれない。
オレは他の人より「大人」である満さんに憧れていただけだった。

今ならそう言えるのかもしれない。
これで、この想いに区切りをつけることが出きる筈だ。

決断が早すぎる、と何処かで思っていた。

でも、なぜか早く区切りをつけなければならない気がしていた。

一刻も早く、満さんの事を忘れてしまいたかった。

「優希?」

目を開くと、恭介さんがオレを覗き込んでいた。
「そんな体勢で寝ると体痛めるぞ?」
「寝てないよ」

そう言って、恭介さんが差し出したまだ湯気の立ち上っているおかゆの茶碗を受け取った。

「さっきの答え・・・」
「さっきって?」
恭介さんは少しの間考えていた後、『あぁ、あれか』と頷いた。

「オレさ・・・満さんの事、買い被っていたのかも」

おかゆを食べながら小さく呟いた。
もちろん、恭介さんには聞こえるくらいの声量で。


「ハッキリ言ってもいいか?」

少し遠慮気味にオレに問う。
頷くと、それを合図のように恭介さんは話始めた。


「優希達が付き合い始めて少し経った頃、バーに満 さんを連れてきただろ?
 第一印象は確かによかった。
 でも話しているうちになんとなく・・・こいつに 優希を任せてもいいのかって思った。
 でも優希は大学にいる時は何かを悩んでいるよう だったのに、満さんといる時は幸せそうだったか ら、様子を見ようと思ってたんだ。
 でもあれから二ヶ月しか経ってないのにあいつは 何だ?
 優希を一方的に捨てて、何処に住むかも言ってな い。
 挙句の果てには番号も変えている。
 お前はもっと人を見る目がある筈なのに、なんで あの男に引っかかったのかわからない」

 

俯いて聞いていたオレはある事を思い出した。

オレが倒れる数日前、オレは恭介さんに告白した。でも断られて、オレは睡眠不足になって階段を踏み外したのだ。

その時に頭を打ち、ある程度の記憶は覚えているものの、一部の記憶がなくなっている、と恭介さんが前に説明した事があった。

だから恭介さんに告白してフラれた事も、それ以前に恭介さんを好きだった事も忘れてしまっていた。

「そういえば・・・オレ、倒れる前日にオレ恭介さ んに告白したんだよね。
 恋人がいるからって恭介さん断った。
 だったら何で今もオレに優しくするの?
 その人だけを大切にすればいいんじゃない?」


「少し・・・記憶が戻ったようだけど、それは違う よ。
 あの時、すでに俺達は付き合っていたんだ。
 あの夜、優希はここに来ていて、『抱いてくれ』 と俺に言ったんだ。
 でも俺は優希を抱けなかった。
 優希を壊してしまいそうで、今までの奴らと同じ ようにはしたくなかったんだ」


おそらく、記憶を無くしてたオレより、恭介さんの方が辛かった筈だ。
恋人が倒れた上に自分達が付き合う前、まだ友達だった頃しか覚えておらず、その恋人、つまりオレは別の男と付き合ってしまった。
知り合って二ヶ月足らずの満さんと。


「ごめんなさい。オレばかり勝手な事言って・・・」

オレの心が揺らいでたわけではなかった。
どこかで思い出し始めていたんだ。

元からオレは恭介さんが好きだったのになぜこんなにもオレを大切にしてくれる人を忘れてしまったのだろう・・・


気がついたら恭介さんは向い側にある椅子じゃなく、ベッドに腰掛けていて、オレは恭介さんに抱きついていた。


「優希」


優しく頭を撫でられる。
ベッドに恭介さんの分のスペースを空けると、オレの横に体を倒した。


「ねえ、何でオレにずっと言わなかったの?言ってくれればよかったのに・・・」


「優希を混乱させてくなくて、様子見てたら満さんに先を越されたんだ」


恭介さんは苦笑いしながらも、オレの体を引き寄せる。


「そんなにくっ付いたら恭介さんに風邪うつっちゃうよ?」

「大丈夫。俺、体力には自信あるから。それより、前みたいに恭介って呼んでよ」

「・・・恭介」


うん、と返事をしてきつく抱きしめながら目を閉じた恭介の寝顔がすごく懐かしく感じた。