記憶
気がつくと、オレは駅のベンチに座っていた筈なのに、なぜか恭介さんのマンションに来ていた。
あの駅からかなり離れているのに、どうやってここにたどり着いたのか解らない。
服は雨を吸って重くなり、視界は揺らいではっきりしない。その上、体がだるくて動かない。
朦朧とする意識の中、なんとかドアにたどり着いたオレは、その場にうずくまってしまった。
目を覚ますとオレはベッドの上にいた。
隣の机で誰かが本の整理している。
「恭介さん・・・?」
ゆっくりと布団から手を出し、大学の先輩である恭介さんの名前を呼んだ。
「体調はどうだ?」
「まだだるい・・・オレなんでここに?」
このマンションまで来た覚えがあるのに、それ以降は意識が朦朧としていた為か、全く思い出せなかった。
「昨日、帰ってきたらお前がドアの前で倒れてたんだよ。服は濡れてるし熱はあるし・・・」
よく見ると、服は恭介さんの物だった。
枕元の時計は日付が一日変わっている。
それも後数分で二日になりそうだ。
「オレ・・・丸一日寝てたの?」
「珍しくな。また何日も寝てなかったのか?」
オレは言葉には表さずに否定した。
最近は少しでも熟睡していたから、そんなに体調は悪くなかった。
「それにしても・・・あんなにずぶ濡れで何かあったのか?」
体を起こそうとしたオレを支え、ベッドに寄りかからせると、そのまま恭介さんはオレの隣に座った。
「・・・満さんと別れた」
短い沈黙を自分で破り、やっとその一言だけ口にできた。
「そうか・・・」
不意に恭介さんに抱きしめられてオレは少し驚いたが、なぜか凄く安心できた。
満さんにはこういう風に抱きしめられたことがなかった気がする。
SEXは乱暴で、終わった後には疲れ果て、オレはいつも気を失っていた。
だから安眠していたのとは少し違うのかもしれない。
「不思議だね。ホテルを出たときは泣きたかったけど・・・今は全く涙も出てこない」
二日前のあの時は凄く泣きたくて、今にも涙が零れてきそうだったのに、今はまるで他人事のように冷静になっている。
「優希、お前本当に満さんのこと好きなのか?」
「・・・なんでそんな事聞くの?」
未だに抱きしめている恭介さんの背に腕を回し、力のない腕で抱きついた。
オレが言っている事と矛盾した行動だけど・・・
「告白する前のお前は明るかったのに、付き合ってからは辛そうだった。いつも何か考え込んでいたし・・・」
オレ自身は全く気づいていなかった。
そういえば、満さんと付き合ってからサークルの奴等もあまりオレ少し遠巻きにしていた気がする。
「悪魔でも俺の意見だから」
オレの背を軽く二、三度叩くと、恭介さんは離れた。
「おかゆ食うか?さっき作ったばかりだからまだ温かいよ」
オレが頷くと、恭介さんはキッチンへと消えていった。