「別れよう」
満さんは、冷静にそう告げた。
「何・・で・・・?」
驚きでオレの声は震えていた。
さっきまで抱き合っていた恋人が、いきなり別れ話を切り出したら誰だってそうなるだろう。
「先輩が開業するからそっちに移るんだ。今の倍給 料を出すと言っているしな」
タバコの煙が、オレの目の前を横切る。
いつもはあまり気にしないのに、今日は自棄に邪魔に思えた。
「そっか・・・ごめんね」
オレは泣きたい気持ちを必死で堪え、床に散らばっている服を手早く身に着けた。
「明日には携帯を変える予定だから私のメモリーを 消しておいてくれ」
その科白は『もう連絡してこないでくれ』と遠まわしに言っていた。
そのまま、オレは満さんに何も言わず、外へと飛び出した。
ホテルの外は雨だというのに人が一杯で、オレは人混みとは反対の道を通り、駅へ行った。
雨で濡れているベンチに座り、暗い空を眺めていると、急に満さんと出会った時のことを思い出した。
出会いは病院。
オレが不眠症で数日間眠らずに過ごし、デパートで眩暈を起こし、階段を踏み外して病院に運ばれた時だった。
打ち所が悪く、一部の記憶を無くしたオレに、担当医だった満さんが、いろいろと相談に乗ってくれた。
ただそれだけなのに、オレは満さんに恋愛感情を抱いた。
満さんに奥さんがいることは聞かなくても左手の薬指に光っているリングで解っていたし、男同士だから拒絶されると思っていた。
だから、拒絶されて顔を会わせ辛くなるのを避けようと思って退院日に告白した。
満さんは拒絶しなかった。
むしろ嬉しい、そう言ってくれた。
そして、その夜、オレは満さんに抱かれた。
それが・・・たった二ヶ月前の話だ。
今思えば、満さんにとってオレはただの愛人だった。
記憶