記憶
<恭介視点>
早朝五時。
いつの間にか眠っていた俺は、窓から差し込む朝日の眩しさで目を覚ました。
隣では気持ちよさそうな寝息を立てている優希がいる。
こうしてまた優希の寝顔を見ると、本当に俺のところへ戻ってきてくれたんだと実感する。
バスローブのままで眠っている優希の胸の合わせ目から、白い肌に残っている傷が見え隠れしていた。起こさないようにそっと腕を抜き、上から毛布をかけ直してリビングに入る。
リビングは既にカーテンが開けられていて、テーブルも奇麗に片付けられていた。
喉を潤そうと冷蔵庫を開けると、昨夜は酒が入っていた場所にミネラルウォーターが入っていた。あまり冷たくない事から、ついさっき入れられた物だということがわかる。
冷えている飲み物が苦手な俺は、幾分安心してた。
「恭介君、早いね」
ミネラルウォーターを飲みながら早朝の景色を眺めていると、不意に後ろから声をかけられた。
「おはよう、雅臣さん」
雅臣さんは風呂上りらしく、服を着ているものの、長めの髪は濡れていて肩に滴を落としている。
「丁度よかった。聞いているかもしれないけど、優希君のことで言っておきたいことがあるんだけど、いい?」
隣の優希がまだ寝ている部屋に目をやった。俺が頷くと、向かい合わせになるようにソファーに腰掛けた。
「彼・・・優希君が虐待されていたのは知っているよね?そのことがトラウマになっているみたいで、たまに夢で過去の事を思い出すらしいんだ」
昨日、親父から優希の体に残っている傷が虐待によってできた物だと聞かされる前から、薄々気づいていた。
昨日の発作的な過呼吸には正直驚いたが、それで優希のことを鬱陶しいと思うことはなかった。
「昨日、俺達がここで話をしていた時に眠り込んでしまったみたいで、かなり夢に魘されてました。それが原因なのか過呼吸を起こして、ペーパーバッグ法をしておきましたけど、以前にもこういう事が・・・?」
雅臣さんはそう、と言うように頷いた。
「高校のときはもっと酷かった。
何とか留年せずに卒業はしたものの、不眠症で倒れたり、発熱や過呼吸でいつも保健室にいた
。最初はそれなりの応急処置をして寝かせておいたんだけど、何日も連続すると、学校側から病院へ行くように言われて、優希君のお父さんは忙しかったようだから僕が付いて行ったんだ。
診断はPTSDと不眠症と過呼吸症候群。優希君の希望で、できるだけ薬は使わない事になったんだ。
僕は虐めにあってるんじゃないかって疑ったけど、本人はそれだけは違うって言い張っていた。
それからも保健室通いは続いたけど、前のようにただ寝ているだけじゃなくて、話をしてくれるようになったんだ。
クラスにいる幼馴染の事や父親の事。
彼がまだ幼いころに母親にされていた事、毎回のように見る悪夢。
突発的な過呼吸と不眠症・・・
どれもすぐには聞きだせず、全部離してくれるまでには2年以上かかった」
ため息をついて、話を一旦区切る。
俺は何を言っていいかわからなくなった。
高校生の優希が一人でこの苦痛と戦っていたことに圧倒されていたから。
「でも今の優希君は昔より活き活きとしている。恭介君のおかげかもしれないな。
それに、卒業するときにカウンセラーになりたいと言っていた事も着々と準備を進めているようだし・・・」
雅臣さんは軽く笑顔を見せた。
「まぁ、今は不眠症も過呼吸も滅多に起こっていないようだから、もうすぐで克服できるかもしれないな」
ソファーから立ち上がって大きく伸びをすると、もう一度寝てくる、と言って部屋に戻ってしまった。
話相手もいなくなった俺は、雅臣さんと同様にもう一度眠りにつくことにした。