第八章  嘘と決意

「俺も・・・・・・・どうしたいのか解からない。この切符の事も、もし実家に帰ってな

 いことがばれたら、千鶴に居場所を教えるように言っていたんだ。俺だって、こんな弱

 い自分は大嫌いだ。いつまでも周助がいなくなった時の事思い出して。

 だから・・・・・・一人で考えたかった」

 

そう言った瞬間、真佐海の頬に鋭い痛みが走った。

 

「オレがそんなに信用できませんか。弱い自分を治すのに、オレの傍じゃ駄目なんですか。

 一人になりたかったなら、なんで一言言ってくれなかったんですか」

 

統馬が自分を打ったのだと気づいたのは、頬が熱くなり、脈を打つようにじんわりと痛み出してからだった。

真佐海は統馬が自分を打った事が信じられず、呆然と統馬を見つめる。

 

「これを見て、オレがどう思ったか、真佐海さん考えた?怖いのは真佐海さんだけじゃな

 いんだ。オレだって、こんな風に真佐海さんがいなくなろうとしたら怖くなる。みんな

 同じなんだよ」

 

統馬は抱きしめていた真佐海の体を強く抱きしめた。

 

もう真佐海の逃げ道は残されていなかった。

もう統馬からは逃げられない。

 

 

この腕に、縋ってしまってもいいのだろうか。

いや、そう問う前にもう既に縋ってしまっていたのだ。

 

あれだけ恋は二度としないと言っておきながら、統馬の告白を受け入れ、恋愛感情も抱いてしまった。

周助以上に、好きだと感じてしまった。

その時点で、真佐海には統馬から逃げるという選択肢はなかったのだろう。

 

「・・・・・・ごめんなさい、ごめん・・・・・・」

 

統馬の腕の中で、真佐海は何度も謝りの言葉を言った。

 

「いいよ。わかったなら、もういい。ただこれだけは忘れないで。オレは、もう五年も真

 佐海さんが好きだったんだ。だからこれからも離す気は全然ない」

 

「五年・・・・・・?」

 

その年月の長さに、真佐海は驚きで思わず顔を上げた。

 

「そう、五年。聞きたい?オレが真佐海さんに惚れた時の事」

 

真佐海と視線を合わせて真顔で言った統馬の言葉に思わず照れてしまった真佐海は、頬を赤く染めて首を横に振った。

 

「そっか。これからアパートの方に人来るんで、真佐海さん、本当にこれからオレから逃

 げないって思うなら、九時になったらオレのアパートに来てください」

 

統馬はそう言うと、少し名残惜しそうに真佐海の体を離した。

ふいに消えていった体温に驚いて顔を上げたときには既に遅く、統馬は真佐海から離れ、外へと出てしまった。

 

一人、残された真佐海は、そっと自分の腕に触れる。

今まで統馬がきつく抱いていてくれた場所だ。

そこはまだ熱を持ったように熱く、統馬の存在を感じさせる。

 

統馬の指定した九時には後三十分もない。

 

「支度、しなきゃ」

 

寝起きだった真佐海はまだ室内着のままだった。

今日は相当冷え込んでいるようで、窓が白く曇っている。

 

真佐海は朝食も取らずに着替え、支度をすると、店のドアに『臨時休業』の札を下げると、家を出た。