第四章 愛してくれる人
「そう言えば、さっきの話、まだ説明してなかったよね。 ・・・・・・俺さ、昔好きな人がいて、付き合っていたんだけ ど事情があって別れたんだ。でもその人に年に最低一度 は絶対会わなきゃ行けなくて、その度に付き合っていた 事なんかまるでなかったみたいに接してくるし、早く彼 女を作れとか言うし。
うんざりして、女友達で信頼してた千鶴って幼馴染に相 談したら、自分と付き合ってる事にすればいいっていう 提案だしてさ。それが今でも続いてたんだ。でも、今は もう恋人がいるんだって」
こんな話をしても胸が痛くならないのは話している相手が統馬だからなのだろうか。
それとも周助に対する気持ちが少しは薄れていっているからなのだろうか。
もしそうなのだとしたら、見込みのない恋に、精神的に諦める方向へと向かっているようだ。
「今でも、真佐海さんその人の事好きなんじゃないですか ?」
真佐海の話を聞いて相手が周助だと根拠はなかったが、勘で確信した統馬は真佐海にそう尋ねた。
「もう好きじゃないよ。ただ・・・・・・忘れられないんだ。も う一度心の底から好きだと思える人が現れるまで無理だ ろうな。でも、どんな気持ちが好きっていうことか、忘 れたな・・・・・・」
真佐海は賭けに出た。
こう言えば、もしかしたら統馬は自分に告白してくるのではないかと思ったのだ。
普段の真佐海ならこんな事はしない。
熱のせいで思考がおかしくなっているのか、それとも人肌が恋しいのか、どちらなのかは解からない。
でも後者だという事を前提にすれば、相手は統馬しか考えられなかった。
統馬でなければ嫌だった。
「オレでは・・・・・・駄目ですか?」
統馬の声は振るえ、語尾の方は擦れてしまい、全体的に何を言ったのか、真佐海は聞き取れず、首を傾げて俯いている統馬を真佐海は見ていた。
まだ熱があるせいか、目は微かに潤み、口が少し開いている。
統馬が急に顔を上げたかと思うと、その湿り気を帯びた唇にそっと自分のそれを重ねた。
「今はその人の次で構いません。オレでは駄目ですか?」
見上げる形で見つめている統馬のその目は真剣だった。
真佐海は自分の気持ちと、こうなる事がわかっていた。
それでも、迷っていた。
もちろん統馬の事は嫌いではないし、そういう目で見ているのは事実だ。
でも自分はまだ周助が忘れられない。
忘れたくてもできないのだ。
そんな気持ちでは何も統馬に伝えられなかった。
自分から仕掛けたものだというのに。
なかなか返事を返さず、何かを言おうと唇を開いては言葉を呑むという行動を二、三回繰り返していた真佐海を統馬はやっぱり、と思った。
「オレはあなたが好きです。ただ・・・・・・伝えたかった。真佐海さんと、どうこうしようとかいう考えはないです」
もう冷めきってしまった茶碗を持って、キッチンへ行こうとした途端、統馬は真佐海に服の裾を引っ張られて立ち止まった。
「本当に伝えるだけでいいの?」
良いはずがなかった。
もっと真佐海に近づきたいし、常連客ではなく、恋愛の対象者として見て欲しい。
なにより真佐海に頼ってもらいと思っていた。
「確かに俺はまだその人が忘れられない。それでも俺を受 け入れる?俺が抱いてもいいと言うまで待っている自信 はある?」
「・・・・・・それが条件ならオレはいつまででも待ちます。前 に真佐海さんはオレに言いましたよね。恋愛には慣れて いるだろうなって。でも」
グイッと真佐海の手を引っ張り、自分の左胸に当てる。
「オレは確かに慣れてました。女相手なら。でも真佐海さ んならこうなるんです」
統馬の心臓は、とても早く脈を打っていて、真佐海は驚いてしまった。
もう後戻りはできない。
統馬が本気であると、知ってしまった。
「キスも駄目ですか?」
「さっきは勝手にしたくせに」
それを確認してからそっと唇を合わせる。
もしかしたら真佐海が自分に心を開いてくれるのは自分が思っているより先ではなのかもしれない、と感じながら。