記憶

「あれからもう一年経つんだ・・・」

月日の流れるのは早いもので、オレが記憶を取り戻してから一年が過ぎていた。

一年経った今でも、思い出せないこともあるし、体の傷も残っている。

半年前、もしかしたらこのまま記憶が戻らないんじゃないかって不安になると、恭介に悪い気がして恭介の元から逃げ出したくなった。
実際逃げ出した。

でも、オレには行く場所もなくて駅のベンチに座っていたら恭介に見つかってしまった。
半場強引に車に乗せられて、やっぱり怒っているのかと思っていたら、意外にも恭介は冷静だった。

しばらく一人きりになりたいなら俺が出て行くから、気が収まったら話し合おう、と言ってオレに部屋の鍵を預けてホテル住まいを始めてしまった。

結局オレはわずか三日で挫折して、よく覚えていないけど、今まで溜め込んでいたものを全部恭介に言ったらしい。
酷い事も言ったと思うのに別れないでいてくれるのが不思議で仕方がないが・・・


隣で寝息を立てている恭介を残し、ガウンを羽織って、音を立てないように慎重にバルコニーのドアを開ける。


「寒・・・」


暖房の効いた部屋から外にでると、ひんやりとした風が足元と肌蹴た胸元に当たる。
胸元にガウンをかき寄せて高いマンションの上から街を見下ろす。
車のライトとビルの光がぼんやりとして、まるで薄暗い中で光を放つツリーのライトのようだ。

 
「風邪引くよ」

何十分この景色を眺めていただろうか。
眠っていた筈の恭介がいつの間にかタバコを咥えて隣にいた。滅多に吸わない恭介が煙草を吸う時は決まって不安になった時。

「どこに行ったのかと思った。あまり広い家も困るな」


苦笑いをして、煙草を咥えようと近づけた指先からそれを抜き取って、咥えると微妙な味が口の中に広がった。

「ごめん。ちょっと外の風に当たりたくなって」

バルコニーに置いていた灰皿で火を消し、部屋に入るように促された。
後ろに回された手が暖かくて、寒さも忘れそうだった。


「発作、一年間起きなかったね」


慌しく鳴り出した胸の鼓動を沈める為に他愛のない会話をしようと思った。


「また・・・起こらなければいいな」


グイッと引き寄せられて、オレの心臓は更に早く動き出す。


たびたび起こるこの胸の高鳴りは、恭介といるかぎり収まらないのかもしれない。





                   end