時間の、許す限り

残暑は夜になっても相変わらず厳しい。

 

もう何時間も前に街灯には明かりが付き、暗い夜道をわずかだが照らしている。

 

深夜一時をとっくに過ぎた頃、五十嵐統馬は自宅までの道のりを急ぎ足で歩いていた。

同棲をしている、統馬より五歳年上の恋人、佐伯真佐海が待っているだろう事を予想して。

 

高校時代からの友人である小田切昭に今日だけでいいからと頼まれ、仕方なく代わったコンビニのバイトは、本当は一時間前に終わる筈だった。

 

だが、店員の少ない事と、残暑のせいで客が多く、レジを担当しているうちに一時間が過ぎてしまった。

 

あらかじめ、真佐海には遅くなるからと言っていたが、まだ起きているだろうか。

 

統馬は大学が夏休みに入ったばかりで明日、いや今日一日いっぱい休んでいられるが、真佐海は自宅の下で経営している喫茶店があるし、なによりも体が弱い。

 

先月からの夏バテが長引いて、今もだるそうにしている。

 

それでもこのバイトを断れなかったのは、昭の恋人が今日誕生日だからということだった。

 

バイトよりも恋人の誕生日を優先したい気持ちは痛いほどよくわかる。

統馬自身、今年の三月下旬にあった真佐海の誕生日は、バイトを仮病で休んでしまっている。

 

真佐海の夏バテを考え、コンビニから冷たい物をいくつか買ってきたのだが、予想に反し、自宅のリビングの電気は消えていた。

 

寝ているのだろうかと、音をあまり立てないように鍵を開ける。

玄関の小さな明かりだけがついていたのは、統馬のためだろう。

 

そっと寝室を開けると、サイドテーブルの明かりがついていた。

テーブルの上には電源が点けっ放しのノートパソコン。

おそらく、今日の売り上げをエクセルに打ち込んでいたのだろう。

 

そして真佐海は、文庫本の間にしおり代わりに左手の親指を挟んだまま、眠っていた。

 

ここ二ヶ月で三キロも痩せてしまったという真佐海の手は細く、ささくれがある。

以前よりも脂肪が落ちてしまった頬をそっと撫でると、わずかに身じろいだ。

 

軽く汗を流そうと、風呂場を覗くと、真佐海が沸かしておいてくれたのだろう。

湯船には湯が張ってあった。

だが、疲労感には勝てず、シャワーで汗を流しただけで、寝室に戻った。

 

打ちかけのエクセルを保存し、ノートパソコンの電源を落とす。

そして真佐海の手から本をそっと抜き取って、明かりを消した。

 

統馬がここに住むようになって、約八ヶ月。

以前は独身のマスターが住んでいたという、ベッドはダブルベッドだ。

ここに、真佐海が一人で住んでいたのかと思うと、胸が痛くなる。 

 

幼い頃に母親を亡くし、空虚感を味わって、義兄の周助への気持ちを必死に隠し、悩んでいた真佐海。

どんな気持ちで一人、このベッドへ眠っていたのだろう。

 

今でも時々、不安そうな表情をする時がある。

それは、仕方のない事だと思う。

 

それでも、少しでも真佐海の気持ちが楽になるのなら、いつまででも傍にいたい。

時間の許す限り。

 

「おやすみ、真佐海さん」